編集日:2026.04.28
公開日:2026.04.28
一人ひとりの障がいを「個性」と捉えそれを活かす発想が新しい事業を生んだ
法定雇用率を2026年7月に2.7%へと引き上げる方針を厚生労働省が決めるなど 、障がい者雇用に対する社会的な要請が年々高まっている。
こうしたなか、障がい者雇用に真剣に取り組む企業にとって、「成功事例」として注目される企業がある。1993年6月に、凸版印刷株式会社(現:TOPPANホールディングス株式会社、以下 TOPPANで表記)、東京都、板橋区の共同出資により設立された重度障がい者雇用モデル企業の東京都チャレンジドプラスTOPPANである。同社は、従業員数 196名を抱え、そのうちの約74%を障がいのある社員が占めているという。この高い水準の障がい者雇用はどのように実現されていったのか。前編では、現在の姿に至る同社のこれまでの歩みを、4人のキーパーソンに話を聞いた。
※記載されている所属・肩書きは、2026年3月取材時のものです。
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東京都チャレンジドプラスTOPPAN株式会社
常務取締役 経営管理部長 兼 ユニバーサル研究所長
兼 人財開発・オフィス推進センター担当
棟方 輝彦(むなかた てるひこ)氏
クリエーション推進部 部長
宮永 裕志(みやなが ひろし)氏
販売推進チーム 兼 経営管理部広報チームリーダー
齊藤 浩次(さいとう こうじ)氏
ユニバーサル研究所ユニバーサル研究チーム チームリーダー
八尋 洋光(やひろ ひろみつ)氏
「社名を公表しますよ」と
ハローワークから指導を受けた過去
――東京都チャレンジドプラスTOPPANが、障がい者雇用に向き合った経緯を教えてください。
棟方 実は、当社が設立される数年前まで、親会社の凸版印刷㈱は、恥ずかしながら障がい者雇用に全く力を入れていない会社だったと聞いています。管轄のハローワークから、「この状態が続けば、社名を公表しますよ」と大変なお叱りと指導を受けたようです。それをきっかけに、社長直轄のプロジェクトチームを結成し、障がい者雇用に本気で向き合い始めました。
どのような業務で雇用すべきか、当時さまざまな検討を重ねた結果、選定したのが出版系の※プリプレス業務でした。そこで、同業務を手がけていた板橋工場の近隣にあるこの小豆沢の地に、東京都と板橋区からも出資を受けた第3セクターの特例子会社「東京都プリプレス・トッパン株式会社」として1993年に発足しました。

――そこから事業内容も、さらには社名も大きく変わっていきますね。どのような変遷を歩んだのですか。
棟方 車いすユーザーなど、重度の身体障がいのある人を雇用し、社会に貢献しようと発足した会社でしたが、近年はデジタル化の波の中で紙の雑誌印刷は低調になり、プリプレス事業の将来は決して明るいものではありませんでした。また、世の中の障がい者の内訳も、精神障がいや知的障がいの方々が増えている状況を踏まえ、その受け皿となる新しい業務を準備しなければならない事情もありました。こうした厳しい環境変化が、事業転換を迫られた背景にあったのです。
宮永 新しい事業を模索するなかで、第一に考えたのは、従業員一人ひとりの特性や能力といった個性を活かし、伸ばすことでした。その発想でグループ内を見回し、最初に着想したのが、TOPPANの各事業所における事務サポート・清掃業務でした。オフィスサポート事業は、現在全国15のTOPPANの拠点で展開し、約80人が従事しています。その後も新事業の模索は続き、8年前にはTOPPANのパッケージ工場の損紙から新たにリサイクル紙をつくる「紙すき事業」が立ち上がりました。さらには後にユニバーサル研究所の設立につながるバリアフリー情報サイト『らくゆく』の構想が立ち上がったのも、この時期でした。

八尋 我々車いすユーザーは、施設のバリアフリー状況など外出する際に必要な情報を日頃から交換しあっています。その情報を、広く発信していくことで社会貢献につなげたいという想いから、2018年に『らくゆく』の構想が生まれました。
棟方 こうして少しずつ新しい事業が立ち上がり、プリプレス事業からの脱却を図る過程で、2021年10月には「東京都チャレンジドプラスTOPPAN株式会社」への社名変更も行いました。「チャレンジド」という言葉は、「障がいをプラスの才能と捉え、目の前の課題に果敢に挑戦する」という姿勢を表明したものです。
そしてその先に、さらに大きく新事業へ舵を切ったのが2年前の2024年でした。
事業撤退で業務が大きく変わっても
誰一人辞めることがなかった
─―2024年に、なにがあったのですか。
棟方 低調だったプリプレス事業からの完全撤退を決めたのです。そこで、プリプレス業務に携わっていた従業員の受け皿として、新たに立ち上げたのが、名刺や封筒を作成する「POD(プリントオンデマンド)事業」、紙媒体のデジタル化を行う「アーカイブ事業」、そして「菜園事業」でした。ここでも、一人ひとりの個性を大切に伸ばすことはもっとも重視しました。たとえば、それまで製版のレタッチを担当していたメンバーは、名刺や封筒の数量点検や汚れなどの検品作業など細かな作業を得意とし、印刷データの加工を手がけていたスキルは、PODにも活かせます。こうした考え方で事業を立ち上げていった結果、このプリプレス事業からの撤退で業務内容が大きく変わっても、誰一人辞めることなく、新しい業務に就いてくれました。
――それまではTOPPANとの親和性が高い事業が多かったようですが、その中で菜園事業は異色ですね。
棟方 新事業を模索する中で、多くの特例子会社を見学に伺ったのですが、その中の1社が都内に農地を借りて、露地栽培を行っていたんです。そこの社長に、「棟方さん、障がいのある人って、どうやって育つと思いますか」と聞かれ、「それは農業です」との答えを聞いたのです。その社長が言うには、「土を耕して、種をまき、水をやって育てて、収穫して、それを売る。この一連の地道な農作業の中で、仕事の大変さを知りながら、知的障がい者の方々が育っていく」というんです。その話から刺激を受け、「やるべきは、これだ」と決意しました。ちょうど同じ頃、全従業員と経営陣で構成される月1回の「従業員懇談会」でも新事業のアイデアを募集したところ、菜園事業が提案され、そのことも背中を押してくれました。
現在は本社のほか、川口市に1,400㎡の農園を構え、9名の従業員が働いていますが、事業を展開してみて驚いたのが、農業に関心を持つ応募者がとても多いことです。埼玉県内の特別支援学校などからは毎日のように実習や見学を受け入れており、障がい者の方々と農業との親和性が高いことを実感しています。
こうして事業を多方面に広げていく動きの、ある意味、集大成と位置づけられるのが、ユニバーサル研究所の設立だったかもしれません。

障がい当事者の意見は、
商品・サービスのブラッシュアップにつながる
――ユニバーサル研究所は、どのような事業を担う組織なのですか。
八尋 バリアフリー情報サイト『らくゆく』での活動の延長線上として、障がいに対する知見を活かし、ユニバーサル対応に苦慮する企業や団体に対してコンサルティングサービスを提供しています。たとえば、「ユニバーサルコンサルティング」としては、障がい当事者の視点を取り入れた施設のバリアフリー検証や商品開発でのモニタリングを行い、誰もが使いやすい施設や商品・サービスの実現を支援しています。
また、「Webアクセシビリティ診断」では、色覚特性のある方々でも見やすいWeb画面、全盲や弱視の方々が使う読み上げソフトにあわせたテキスト配置などを検証しています。
さらに、当社と業務提携先のNPO法人に属する障がい者を合わせ、約2,500名をパネラーとした「調査・リサーチサービス」も提供しており、ここで収集した障がい当事者の意見は、商品・サービスの検証やブラッシュアップにつながる情報として活用していただいています。

齊藤 ユニバーサル研究所立ち上げの1つのきっかけは、2024年4月の「障害者差別解消法」改正により、障害のある人への「合理的配慮の提供」の義務化が決まったことでした。今後の超高齢化社会の到来で、身体が不自由になったり、目が見えにくくなったりする高齢者が多くなれば、ユニバーサル対応の社会的ニーズはまずます強くなり、当社の知見は貴重な資産になるはずです。このユニバーサル研究所の取り組みは、障がいを「個性」と捉えることで社会に独自の価値を提供する当社をまさに象徴するもので、当社の新しいチャレンジといえます。
創立式典に参加した従業員代表が
現役で30周年式典にも参加
――そうしたチャレンジを繰り返してきた結果として、2023年には創立30周年を迎えましたね。
齊藤 当社ではその節目を祝い、まだコロナ禍のさなかではありましたが、「創立30周年記念式典」を開催しました。そこで印象的だったのは、30年前の設立式典で、当時の鈴木俊一・東京都知事の隣でテープカットを行った従業員代表の緑川さんが、今回も現役の従業員代表として当時の映像を背にテープカットをしていただいたことでした。先ほど、棟方から「プリプレス事業撤退に際しても、誰一人辞めることがなかった」という話がありましたが、これも当社の従業員の定着率の高さを表す一つの場面だったと思いました。
棟方 その緑川さんは先月、70歳を迎え、引退されたのですが、最後の出社日には出社した従業員が全員でアーチを組んで、緑川さんを拍手で送り出しました。感動的な場面でしたね。若い従業員も多い中、この会社をつくり上げ、感謝をもって送り出される先輩の姿は、きっと彼ら彼女らの心に強い印象を残したのではないかと感じています。

※プリプレス:印刷に用いる刷版(印刷機にかける原稿)を作成するまでの「前工程」をさす
後編では、この会社の環境はいかにしてつくり上げられてきたのか。同社の心がけてきた方針や工夫、独自の施策などを紹介します。