専門家から診断結果や指示を受けるだけで、「自分の気持ちが本当に伝わっている」と感じられない――障害者やその家族、また支援に悩む現場スタッフからそのような声は少なくありません。そのような状況を変えうる支援アプローチの一つが「ナラティブアプローチ」です。当事者自身の「物語」を出発点とすることで、従来の支援で重視される客観的情報に加え、当事者の語りを重視する関わり方が生まれます。今回は、ナラティブアプローチの概要から障害のある方への支援で有効な理由、基本的な進め方と実践上の注意点について解説します。
ナラティブアプローチとは

ナラティブアプローチとは、支援を必要とする人が語る「物語(ナラティブ)」を通じて、問題の解決策を当事者と支援者が一緒に見つけていく支援方法です。「ナラティブ(narrative)」は英語で「語り」や「物語」を意味し、「アプローチ(approach)」は「近づく・働きかける」という意味を持ちます。
1980年代後半に、精神科医のマイケル・ホワイトと文化人類学者デイヴィッド・エプストンによって創始されました。その後、医療・福祉・ソーシャルワークなど対人支援のさまざまな現場へと広がり、現在では世界中で実践されています。
ナラティブアプローチが従来の支援と大きく異なるのは、支援者が「無知の姿勢」で関わる点です。専門家が解決策を持ち込むのではなく、当事者の語りを丁寧に聴くことを第一とします。
医療・障害福祉・介護・保育・スクールカウンセリングなど、幅広い対人支援の現場で注目されているアプローチです。
障害者の支援でナラティブアプローチが有効な理由

障害者への支援においてナラティブアプローチが有効な理由を、3つの観点から解説します。
障害者が「自分の物語の主人公」になれるから
ナラティブアプローチでは、障害者が支援の主体となれます。従来の支援では、診断名・症状・検査数値といった客観的な情報が優先されます。その結果、「自分がどう感じてきたか」「どんな経験を積み重ねてきたか」という当事者の声が、支援の場で埋もれてしまいがちでした。
ナラティブアプローチでは、当事者自身の語りこそが支援の出発点になります。専門家の評価からではなく、本人が「自分の言葉で自分の物語を語る」ところから始まるため、当事者は支援の受け手ではなく、自分の人生の主人公として関わることができます。
このプロセスが、失われがちな自己肯定感の回復やエンパワーメントにつながる可能性があります。
支援者と当事者の「力の差」を意識し、対等な対話に近づけやすいから
支援者と当事者の間にある「力の非対称性」を対等な関係へと変えていける点も、ナラティブアプローチが有効な理由のひとつです。
専門家と当事者のあいだには、知識・情報・立場において大きな差があります。この差が無自覚に働くと、当事者や家族は「専門家の言う通りにしなければ」と感じ、自分の本音や希望を言い出せなくなってしまいます。場合によっては、一方的な指示に従い続けることで追いつめられるケースもあります。
ナラティブアプローチでは、対等な対話の場が生まれることで、当事者や家族が「本当は何に困っているのか」「本当はどうしたいのか」を自然に語れるようになります。そのような場が、信頼に基づく支援関係の土台となります。
問題を本人から切り離して考えられるから
障害や困りごとを抱えていると、当事者本人や親が「自分(または子ども)に問題があるのだ」と感じ、自分を責め続けてしまうことがあります。このような思考のループは、支援の効果を妨げるだけでなく、精神的な消耗にもつながります。
ナラティブアプローチでは、「外在化」と呼ばれる視点により、問題をその人の内側にある欠陥や弱さとして捉えるのではなく、「本人の外にあるもの」として切り離して考えます。
「あなたが問題なのではなく、問題が問題なのだ」というこの視点の転換が、自己否定のループから抜け出す大きなきっかけとなります。
ナラティブアプローチの基本的な進め方

ナラティブアプローチには大きく4つのステップがあります。各ステップを順を追って解説します。
1. ドミナントストーリーを傾聴する
最初のステップは、当事者が現在の状況について語る「ドミナントストーリー(支配的な物語)」を丁寧に聴くことです。「ドミナントストーリー」とは、当事者の状況を支配している主観的な物語のこと。事実かどうかにかかわらず、当事者が感じていることをそのまま語ってもらいます。
否定したりアドバイスをしたりしない姿勢が重要です。予断を交えずに聴くことで、当事者が思い込んでいるドミナントストーリーが自然と浮かび上がってきます。支援者は「答えを持っている専門家」ではなく、「ありのままの語りを受け取る聴き手」として関わります。
2. ユニークな結果(例外)を探す
次に、ドミナントストーリーの中から、問題が起きていなかった例外的な体験を見つけ出します。「そのとき、あなたは何をしていましたか?」といった質問を通じて、当事者の内省を丁寧に促します。
また、問題に「名称」をつけてもらうことで外在化を促し、問題を自己から切り離して客観的に見られるようにします。例外はどんなに小さなエピソードでも構いません。「うまくいっていた瞬間」を丁寧に拾い上げることがポイントです。
3. オルタナティブストーリーを育てる(語り直し)
例外的な結果をもとに、元のドミナントストーリーを上書きして「オルタナティブストーリー(代替の物語)」をつくっていきます。
支援者は当事者が話す中から新たなエピソードを拾い、「別の解釈」が成り立つことを示していきます。その結果、当事者は自身の物語が多面的に成り立つことに気づき、新たな可能性を感じ取れるようになります。
支援者が「こうすれば良い」と答えを与えるのではなく、あくまで当事者自身が語り直すプロセスを支えることが大切です。このプロセスを通じて、当事者の中に新たな「自分の物語」が育っていきます。
4. 外部証人・仲間との共有
語り直したオルタナティブストーリーを、信頼できる第三者に聴いてもらうことで、新しい物語をより確かなものとして定着させます。
福祉や介護の現場では、当事者が語った物語を多職種で共有・連携することで、本人が納得できる支援へとつなげる実践が広がっています。
当事者同士のピアグループや家族会などの場が、この「共有」の機能を担うケースも多く、他者との対話を通じて物語がさらに豊かに育っていきます。
ナラティブアプローチを実践する際の注意点
ナラティブアプローチには大きな可能性がある一方で、実践に際してはいくつかの注意点があります。
すべての当事者に適用できるわけではない
ナラティブアプローチを成功させるには、語るための一定の言語的能力が必要です。
そのため、年齢の低い子どもや知的障害のある方、認知症のある方などへの支援では限界が生じる場合があります。適用の範囲を慎重に見極めることが重要であり、一部批判も受けている点です。
本人への直接実践が難しい場合は、親や家族など身近な人にナラティブアプローチを行うことが有効な場合があります。また、絵・写真・身振りなど言語以外の手段を組み合わせる工夫も求められます。
支援者自身のトレーニングと自己点検が必要
ナラティブアプローチは、手順を把握しているだけでは効果的に実践できません。相手を尊重し、例外的な結果を引き出すスキルが求められるため、効果的な質問や対話を展開するための訓練が必要です。
また、支援者が無意識のうちに誘導や価値観の押し付けを行っていないか、自己点検を継続することも欠かせません。
支援者は「専門性を振りかざさない」「わからないことは正直にわからないと認める」など、無知の姿勢を常に心がける必要があります。定期的なスーパービジョンや継続的な学習の機会を持つことが望ましいとされています。
即効性を求めず、長期的な対話のプロセスと捉える
ナラティブアプローチは、成果が出るまでに時間がかかることがあります。一方で、当事者自身の感情や状況を踏まえてオルタナティブストーリーを構築するため、長期的な継続がしやすいという強みもあります。
焦って結論を急いだり、途中で方向転換を繰り返したりすると、当事者との信頼関係が損なわれます。家族や関係者を含めた支援チーム全体で「時間をかけて関わる」という共通認識を持つことが大切です。
本人の意向や語りを中心に据えながら、必要に応じて家族や専門職とも協働して検討する姿勢が大切です。
まとめ
ナラティブアプローチは、当事者の「語り」を支援の出発点とし、本人が主人公となるプロセスを通じて、エンパワーメントや自己肯定感の回復を促す手法です。言語能力の差や支援者スキルという制約はあるものの、対話を積み重ねることで当事者の物語が豊かになり、その人自身の力で新たな道を切り拓ける可能性をはらんでいます。障害者やその家族との関わりに取り入れてみると良いかもしれません。
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めぐるファーム編集部
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